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台湾から日本へ――トビウオで結んだ黒潮の道

2017/07/19(水) 10:55 配信

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夏に旬を迎える魚がいる。それが海面を滑空する魚、トビウオだ。トビウオ科に属する魚は、グライダーのように飛ぶ。新鮮なうちに食せば、刺し身はみずみずしい。揚げればふっくらとした白身も楽しめる。美味の魚は、黒潮にのって回遊を続けている。トビウオの行く道を追うと、そこには台湾から日本へと伸びる海の道が見える。
(ジャーナリスト・野嶋剛/Yahoo!ニュース 特集編集部)

大きな胸ビレを広げながらグライダーのように、時には数百メートルを飛翔するトビウオの姿は、優雅きわまりない。だが、本当のところ、彼らは大型魚に捕食されまいと必死に逃げており、命がけの飛翔なのだ。

干したトビウオからつくる「あごだし」やトビウオの卵の寿司ネタ「とびっ子」など日本人の食卓を豊かにしているトビウオだが、アジやサンマほどそのままの形でスーパーで売られることは少ない。

そんなトビウオはどこから来て、どこへ行くのか。そして、私たち人間とどんな関わりを持っているのか。

飛ぶための「羽」となる胸ビレを開いたトビウオ(撮影:比田勝大直)

昨年の夏、鹿児島県の屋久島に行った時のことだった。

ちょうどトビウオ漁の季節の夏だった。島じゅうでトビウオを食べることができた。すり身にして油で揚げた「つけ揚げ(さつま揚げ)」、一夜干し、刺し身、イタリアン、フランス料理、そして、まるまる一匹の唐揚げ。古くからトビウオ漁を伝統として守ってきた島らしい多彩な料理を楽しんだ。

トビウオ漁の文献を調べてみると、屋久島だけでなく、同じ鹿児島県の種子島、馬毛島、さらに南方のトカラ列島、沖縄でもトビウオ漁が盛んだという。

愛くるしい目をしている(撮影:比田勝大直)

台湾で、太平洋側の台東などを取材で歩いていると、道路の看板に中国語の呼び名「飛魚(フェイユウ)」と書かれた看板を見かけることも多い。

屋久島、トカラ列島、沖縄、台湾。共通点は、これらの地域は、いずれも太平洋を北上する黒潮でつながっていることだ。

台湾の離島では神格化

太平洋上に、「蘭嶼(ランユウ)」という離島がある。透明度の高い海と、手つかずの自然に囲まれた島には、毎年15万人の観光客がやってくる。台湾の若者からも人気の島だ。

蘭嶼で伝統的にトビウオ漁などで使われてきた木彫りの船(撮影:野嶋剛)

今年4月、台北から1時間のフライトで台東まで1時間。さらに軽飛行機に乗り継いで蘭嶼へ。トビウオがここでは単なる魚の域を超えて人間と共生する存在として神格化されるほど大切にされ、人々の生活の中に溶け込んでいる。

島に暮らすのはタオ族というマレー系ポリネシア系の少数民族だ。彼らの言葉でトビウオは「アリバンバン」と呼ばれる。タオ族は、台湾の少数民族のなかでも最小の集団で、およそ3000人が島に点在する6集落に暮らしている。

漁民のブランチャンさん(60)に頼んで、漁に同行させてもらった。出漁は夕方。100メートルほどの網を張り、ライトを海面に照らして網の方に追い込んでいく。網を引き揚げるとトビウオがかかっている。手でトビウオを外し、再び網を張る。その作業を3時間ほど繰り返した。

夜間のトビウオ漁(撮影:野嶋剛)

船底に無造作に放り出されたトビウオは数百匹に達した。

ブランチャンさんに、捕れたばかりのトビウオで唐揚げを作ってもらった。抜群においしい。「こういう料理をいつも食べられて羨ましい」と話すと、「私たちはこんなふうにアリバンバンを食べないんだよ」という言葉が返ってきた。

タオ族の人たちは、通常、保存がきくようにトビウオを背開きにしてかまどの上に吊り下げて燻す。食べる時は燻製のトビウオを焼いたり、スープに入れたりする。

トビウオの季節は2月から6月までと聞いていたので、てっきりその時期にしか捕れないと思っていたが、トビウオは年じゅう、島の周りにいるという。

捕れたトビウオはまず背開きにして日干しにされる(撮影:野嶋剛)

4カ月しか捕らない理由を尋ねると、ブランチャンさんは「昔っからの決まりなんだよ。理由なんか考えたことない」と笑った。

もっと深くトビウオと人の関係を知るため、地元タオ族の作家、シャマン・ラポガンさん(60)を訪ねた。シャマンさんは蘭嶼を舞台とする海洋文学の担い手として世界的に知られた書き手で、日本にも翻訳が紹介されている。作品のなかにもしばしばトビウオが登場する。

トビウオは友人

「タオ族は一年を4カ月ごと3期に分けます。トビウオ漁の期間、トビウオ漁の後の期間、トビウオ漁を待つ期間です。一年の生活リズムがトビウオ漁中心なのです。トビウオは友人であり、大自然の豊かな実りを示す存在。トビウオとタオ族の関係を語った神話もたくさん伝承されています」

自宅でトビウオを語るシャマン・ラポガンさん(撮影:野嶋剛)

「トビウオ漁は自然の均衡に基づいて行われている」と、シャマンさんは強調した。

「トビウオ漁が終わると、ヒラメやイセエビなど我々が『海の底にいる魚』と分類しているほかの魚介類をとって生計を立てます。仮にトビウオが網にかかっても放し、逆に『海の底にいる魚』はトビウオの漁期には捕まえません。資源の保全、文化思想、生態観念などがすべてトビウオという魚と私たちの関係に反映されているのです」

蘭嶼ではトビウオ漁が始まる2月ごろ、漁民の男たちが総出でトビウオ招きの儀式を行う。「海が静かになり、この島にトビウオが寄りますように」と歌い、祈る。

屋久島の安房港。トビウオの水揚げ(読売新聞/アフロ)

屋久島でも、永田集落で、トビウオ招きの儀式が行われていると聞いた。違うのは、屋久島は女が祈る、という点だ。

縄文杉やウミガメが有名な世界遺産の島・屋久島だが、漁民の生活を支えるのはトビウオ漁。屋久島漁業の年間全漁獲高の4分の3を占める。屋久島もまたトビウオと共に生きてきた島だといってもいい。

食文化も黒潮にのってきた

トビウオをめぐる日本と台湾との間にどんなつながりがあるのか。

「その謎を解く鍵は黒潮です」と指摘するのは、鹿児島県在住の民俗学者で元鹿児島大学教授の下野敏見さんだ。下野さんには『トビウオ招き』という著書があり、フィールドワークのため、蘭嶼を訪れたことがある。

台湾の蘭嶼から、宮崎県の串間を黒潮がつないでいた(図表:EJIMA DESIGN)

黒潮は、フィリピンの東方から太平洋を北上し、台湾の東側を通ってから東シナ海に入って沖縄・奄美諸島に沿って北上を続ける。トカラ海峡付近で再び太平洋の方向に流れていく。

「トビウオ漁が盛んな地域は、台湾から日本にかけて、黒潮の海域に沿って点在しており、黒潮の海洋文化のなかにトビウオ漁が根づいているといえるのではないでしょうか」

下野さんは、そう指摘する。

屋久島のスーパーで売られていたトビウオ(提供:野嶋剛)

台湾と沖縄は現在、国こそ違っているが、台湾の東側から与那国まではおよそ100キロ余りの近さ。天気が良ければ目視できる日もあり、うまく海流に乗れば、丸木舟などでたどり着けるという。

黒潮に沿った南洋ルートは日本人の祖先が島をつたって沖縄から日本各地に定住していったルートの一つだという説が、日本や台湾の民俗学者の間で唱えられている。

下野さんも、日本人のルーツとトビウオの関係に注目しているという。

蘭嶼で調理されるトビウオ(撮影:野嶋剛)

「沖縄の糸満地方の漁民などが、トビウオを取りながら北上して鹿児島付近の人々に漁法を伝えた記録もあります。人間が北上すれば、食文化も北上するのではないか」

トビウオは鮮度がすぐに落ちるため、トビウオを刺し身や焼き魚で食べる習慣は、大消費地には広がらず、干されて和食の出汁をとるのに使われることも多い。トビウオを「あご」と呼ぶ九州などでは、お雑煮に必ず「あごだし」を使うことで知られている。遠く離れた新潟の佐渡でも、トビウオを焼いて乾燥させた「焼きあご」をそばツユに使っている。

焼きあげたあご(トビウオ)をさらに天日干しにする。旨みと風味がさらに増す。長崎県で(提供:読売新聞/アフロ)

最近は観光の一環としてトビウオを食べにいく人々も増えている。

前出の蘭嶼でも、島独特のトビウオ文化を「体験」しようとする人が多い。

トビウオを叩いてペースト状にして味つけしたものを調理した「飯糰(台湾おにぎり)」やサンドイッチが売られ、島外から訪れる多くの観光客には人気だった。いろいろな方法で調理した「トビウオ郷土料理コース」もレストランで提供されている。

前出のように、燻製主体の伝統的なトビウオの食生活を営んでいる島民からすれば、そうした食べ方はいささか「邪道」かもしれない。

しかし、シャマンさんは「私たちは宗教的にも伝統的にもトビウオの食べ方は決まっているが、トビウオが島外の多くの人に親しまれ、自然と共生する知恵が詰まったタオ族の文化に広く関心が集まれば嬉しい」と話す。

台湾で。トビウオのおにぎり(撮影:野嶋剛)

北上した黒潮がたどり着く先の一つに宮崎県の東側にある日向灘がある。日向灘に面した宮崎県串間市は古くからトビウオ漁を行ってきた。

1980年代ごろまで盛んだったトビウオ漁は魚価の問題などで規模が縮小し、いまは宮崎県全体で年間300トン程度。串間市全体でも昨年は1.3トンほどしか捕っていない。

ただ、6月から9月にかけてトビウオが日向灘に集まってくる時期に、小型船によるトビウオすくいが観光の一環として人気を呼んでいる。

トビウオすくいが行われる都井岬西側の立宇津港(撮影:比田勝大直)

夕方、串間市の外れにある都井岬西側の立宇津港に集合した。まだ夏休み前ということもあり、利用客は熊本から観光で来ていた一組のカップルだけだった。日暮れを待って小さな漁船で出発した。

「夕日が完全に山の下まで沈まないと、トビウオも出てこないんだよ。今日は満月で雲もなく明るいので、たくさんは捕れないかもしれない」。漁師さんはやや心配そうな顔で漁船のエンジンをかけた。

光でトビウオをおびきよせる

漁港から10分ほどで漁場に着く。近くには野生馬が生息することで知られる都井岬の丘や山が見える。蘭嶼のトビウオ漁で、漁師から「トビウオは、森のある山が好きで、近づいてくるんだ」と教わった通りだった。

集魚灯に集まったトビウオを網ですくう(撮影:比田勝大直)

強い光を発する集魚灯を海中に放り込んで、漁船を走らせる。私たちは、たも網を水中に構えてトビウオが近づいてくるのを待つ。水中にトビウオらしき影が見えたら、その方向に玉網を向けるとトビウオがするっと飛び込んでくる。

トビウオは水面上を飛んでいることもあるが、スピードは時速50キロを超えるという。夜間ということもあり、空中キャッチはほぼ不可能だった。

2時間ほど船上で玉網を構え続けたが、結果は4人で計十数匹と振るわなかった。それでも、いくつかわかったことがある。

捕れたてのトビウオ(撮影:比田勝大直)

かつて、蘭嶼のタオ族でも複数の船で松明を使ってトビウオを追い込み、網などですくい取る漁を行っていた。沿岸部を群れで行動し、光に吸い寄せられるトビウオを「一網打尽」にすることは、効率的でやさしい漁法だということだ。

下野さんの言うように、海の民がトビウオを追いかけるように南から北に移動し、それと同じように漁法が広がっていったとしても不思議はない。

串間市内の「大乃屋」の大将、大野さん。これからトビウオを調理する(撮影:比田勝大直)

串間でのトビウオ漁の翌日、串間市内の大乃屋という和食店でトビウオ料理のコースを食べた。トビウオのシーズンである夏季のみの予約制になっている。

2000円のコースには前日漁港に揚がったトビウオの活け造り、天ぷら、寿司がつく。活け造りは羽を大きく広げて飛翔する姿を模してあり、刺し身のおいしさとともに視覚的な美しさにも感動させられる。青魚系なので、味はアジと似ているが、よりモチモチした歯ごたえがあり、塩焼きにしてもおいしそうだ。

大野さんが調理したトビウオづくしから、トビウオの握り(撮影:比田勝大直)

お店の経営者で、板前でもある大野康成さんは「トビウオづくしは珍しいから、遠くからきた観光客の皆さんには特に好評です。串間のトビウオ文化をしっかり残していかないといけない」と話した。

トビウオを捕り、食べる。台湾から鹿児島、宮崎、そして日本各地へ、豊かな海の実りをもたらす黒潮が我々の地域をつないでいる。そんな実感が、トビウオという魚を通して私たちに伝わってくるようだ。

トビウオの活け造り(撮影:比田勝大直)


野嶋剛(のじま・つよし)
ジャーナリスト。1968年生まれ。1992年朝日新聞社入社後、シンガポール支局長、政治部、台北支局長、国際編集部次長、AERA編集部などを経て、2016年4月からフリーに。中国、台湾、香港、東南アジアの問題を中心に活発な執筆活動を行っている。著書に『故宮物語』(勉誠出版)、『台湾とは何か』(ちくま新書)などがある

[写真]
撮影:比田勝大直
写真監修:リマインダーズ・プロジェクト
後藤勝